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【ネタバレ注意】GACKT LAST SONGS 2026 feat. K 2026.3.21 @ LINE CUBE SHIBUYA ライヴレポート
会場ではいつものようにステージに紗幕のヴェールが掛かり、オーディエンスは今か今かと暗転の時間(とき)を待っている。いよいよそのタイミングとなった。今回のオープニングムービーはどのようなストーリー、そして演出なのか。会場全体が心躍っている瞬間。〝固唾を飲む〟とはまさにこの時間(とき)である。
OP MOVIE
今回の出演はまさかの伊藤健太郎さん。伊藤さん演じる息子と母のやりとりがリアリティに満ちた世界観を醸し出す。それは若者の日常の風景。母とのやりとりである。母からの電話、ぞんざいに扱い電話を切ってしまう息子。デバイスの画面に打ち込まれたテキストは「母の顔」。この先の余白を舞台が埋めていくこととなる期待感。「考えさせられる」LAST SONGSならではの演出に固唾を飲んだ。
M-1 SAYONARA
昇華する魂を映したかのように、蛍の光にも似た儚いパーティクルが紗幕を彷徨う。
直近のLAST SONGSツアーで定番となった『SAYONARA』が、紗幕の向こう側から静かに立ち上がる。
GACKTの声、Kのピアノ、そして村中俊之(キャンディー)が奏でるチェロ。その深く切ない中低音は、原曲のヴァイオリンVer.とは異なる重みを帯び、より一層の力強さで空間を満たしていく。やがて、その音の余韻が幾重にも折り重なり、美しくも儚い、ドラマティックな“始まり”を描き出す。映像のパーティクルは、時に渦となって集い、かつ消え、かつ結びて、そして散ってゆく。それはまさに、夢のはじまりの時間(とき)であった。
まるで一瞬の夢のように過ぎ去った『SAYONARA』。曲が終わるその刹那、ステージ上の紗幕は静かにアンヴェイルされていた。その瞬間――オーディエンスの感情は、堰を切ったように一気に高まっていく。
M-2 UNCERTAIN MEMORY
GACKT本人がMCで20年降りの演奏と語ったこの曲は、ファーストヴァイオリンのMIZが加わりはじまる。曲タイトルの和訳は、「不確かな(曖昧な)記憶」という意味である。ヴァイオリンが加わると深みや高みが一層に増してゆく。OP MOVIEで映し出された「母の顔」というテキストへのアンサーなのか、レスポンスなのか、それはGACKTだけが知っている。オーディエンスがその先を想像するところが醍醐味であるこのLAST SONGSの、今回の象徴的なはじまりとなったことは確かである。
M-3 星の砂
切なさの極みである本曲は、もうひとりのチェリストの伊藤修平が加わってはじまる。歌詞にもあるように「ああ深く深く現在も そう…愛している」と、冒頭の母への愛という気持ちの輪郭がはっきりと見える。この辺りの選曲センスが、末節に至るまで配慮を怠らないGACKTならではである。
ここでセカンドヴァイオリンに三國茉莉、ヴィオラに館泉礼一が加わり、ストリングスの編成はついに完成を迎える。

M-4 Only Human
いわずもがな本曲はKの代表曲である。「人は弱くてもいい」「それでも生きていく」というメッセージを、極めてシンプルかつ真っ直ぐな言葉で描いている。GACKTとのユニゾンは言うまでもなく美しい。先3曲が「別れ」をイメージさせる曲であるのに対し「生」を強くイメージできるこの曲で、会場の空気も一気に塗り替えられた。ストリングスのみで構成されたアレンジは圧巻そのもの。ツインチェロを含んだ重く低い多重奏が、場内に深く豊かな響きを広げていく。その瞬間は、ただただ心を掴んで離さない、この上ないモーメントとなった。
M-5 PAPA LAPPED A PAP LOPPED
ハンドクラップでのオーディエンス参加曲のこの曲。昨年の生誕祭でも大いに盛り上がった。なんと今回のLAST SONGSでもGACKT自らが観客に立席を促し、「パン!パパン!」とリズムを示してクラップを先導。
その瞬間、会場全体がひとつの鼓動となり、あたたかで朗らかなグルーヴとなった。
M-6 FUTURE
テンポや展開の心地よさと裏腹にマニアックな危ない感覚を孕んでいる本曲をストリングス主体で奥行き感を醸成している。前曲から一転しての演出に再び会場に緊張が走った。
M-7 この誰もいない部屋で
全体としてゆったりと進行する本曲。タイトルからもその輪郭は想起できるが、改めて歌詞に向き合ってほしい。それは単なる儚い恋の物語ではない。大切な人を突然失うという、抗えない喪失の悲壮。そして、二度と取り戻すことのできない時間への後悔が、静かに、しかし確かに胸を締めつける。そうした視点で捉え直したとき、なぜこの楽曲をGACKT自身が選んだのか——その意味が、より深く浮かび上がってくるはずだ。もはや会場の静寂は保たれない。やがて、啜り泣き、咽び泣く声までもが、じわりと空間を侵し始める。終盤の「Lalala~」におけるKとのハーモニーは、あまりにも美しい。目を閉じて身を委ねるべきか、それとも刮目して焼き付けるべきか——その選択すら迷わせるほどに、本曲は圧倒的な楽曲へと昇華している。
M-8 NOT ALONE「キミは一人じゃない」
YELLOW FRIED CHICKENzの1stアルバムに収録されたこの曲。
大切な仲間への想いを重ね、GACKTがこの場で選んだ一曲だ。照明が落ち、会場には一瞬にして張り詰めた空気が広がる。淡々と紡がれる旋律。ストリングスが、哀愁と感情の波を幾重にも重ねていく。観客は固唾を飲み、その一瞬一瞬、一音一音を逃すまいとステージを見つめる。やがて歌に込められたGACKTの想いは、会場全体を包み込み、誰一人として取り残すことなく深く浸透していった。曲が終わった後も、すぐには拍手が起こらない。その余韻こそが、この一曲のすべてを物語っていた。
M-9 サクラ、散ル...
LASTSONGSで連続して4回のフィナーレ曲となる本曲は、何度聴いても「圧巻」のその一言である。サクラモチーフのクリエイティブとステージの張り詰めた空気感が静かに交錯し、やがてその総てが一つの情景として結実する。サビのリフレインは「この世界はどこまでも続くのではないか」と錯覚するほど、興奮と余韻が渦を巻き、オーディエンスの時間感覚さえも静かに侵食していく。
ロースモークの海にサクラが舞い散ると、紗幕が再び静かに降り、ステージは再度ヴェールに包まれる。
背面LEDと紗幕へのプロジェクションのサクラが幾重にも重なり、視界の奥へと吸い込まれるような立体的演出を創出。その幻想的な奥行きに、オーディエンスはただ息を呑み、うっとりと見惚れるばかりだ。
こうして静・動・美に加えMCでの笑(い)までを含めたものがLASTSONGSであるという事を改めて体感できたライヴであった。ここまで読めば、まだLS2026を体験していない皆様にとっては、いささかネタバレ感の強い内容ではある。だが、それを差し引いてもなお、このライヴがもたらす感動は決して損なわれることはない。むしろ実際にその場に身を置いたとき、想像をはるかに凌駕する熱量と没入感が、心の深層を確かに揺さぶるのである。
エンディングムービーは、オープニングから一貫した世界観のもとに紡がれている。ここでその内容を明かすことはあえて控えるが、ぜひ会場で、自らの目で確かめ、体感してほしい。きっと、まだ間に合うはずだから。
Photo by Lestat C&M Project
Text by T.NAITO

